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2012年 04月 11日

" PURPLE CLOUD "

店の壁に掛けてあるこのタンクをペイントしたのは、17~8年前
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21歳くらいの時に造り始めた 自分のSHOVEL CHOPPER

" Purple Cloud "

造り始めたのはいいものの、知識、技術、金銭面 全てが身に付いておらず、
無理して買ったスプリンガーが震災でキズ物になったりで、何度も心が折れそうに・・

パンヘッド純正オイルタンクがどうしても付けたくて、ミッションケースまで替えた。
細部にもとことん拘った究極の一台を目指して、完成までに3年掛かかりました。
乗れるようになった時は24歳になっていましたね。
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この頃から、『CHOPPER はエンジンもイジってないとアカン!』
と、勝手に思いこんでいましたので、当然のごとく中身もチューン!
88cu.in.(1450cc)にボアアップにするのに、クランクケースのボーリングまで必要だと
知ったのは、S&S サイドワインダーkitが届いてから・・・。
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今の自分に必要なことを色々学んだコイツは、当時の自分の全てでした。

by shiun-chop | 2012-04-11 13:12 | Old photo
2012年 02月 07日

" 19の夜 (vol.2) "

20 years ago.
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アメリカ一周の旅から帰ってきてすぐの、私 MATTCHANG と持って帰ってきたFLH。
日本でハーレーのカスタムショップへ勤めだした頃。

で場所はやっぱり、" 第七突堤 "。

映画 “ THE LOVELESS “ の影響で赤くペイント。
全く単純馬鹿もいいところ。

by shiun-chop | 2012-02-07 19:46 | Old photo
2012年 02月 01日

" 19の夜 "

20 years ago
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ハタチ前、やっと買った初4輪、1956年の FORD F100 通称パンプキン
写真ではきれいに見えますが、ボディーはかなり腐っていたし、オイル下がりがひどく8気筒なかなか動いてくれなかったな。

それでも憧れのV8。

嬉しくてガソリンを買う金があった夜は、ゲゲロッ、ゲゲロッ、ゲロゲロゲロ~、
ゲロリン、ゲロリン、ゲッ、ゲッッ、ゲロゲロゲロ~~~~ と走ってました。



V8とハーレーとエンジニアブーツがあれば、他に何もいらなかった19の夜。




あっ、ガソリンも要るんでした。

by shiun-chop | 2012-02-01 11:42 | Old photo
2011年 10月 01日

" CROSS ROAD "

20年前のハナシ
色んな事にウンザリしていた19歳の 私 MATTCHANG は、FXWGを売り、数ヶ月間ほとんど寝ずに働き、大阪→ロスアンジェルス行きの格安チケットを握りしめ、自由を求めて飛行機に飛び乗ったのです。

ロスで何軒かショップを廻り、BARTELS'で一番安かったショベルのFLHを買った。
東洋人のガキがいきなり来て現金でバイクを買うので、店員達はビックリしていた。
フロントのカウルとキングツアーパックは、店から3ブロックほど離れた歩道のゴミ箱にぶち込み、そのままフリーウェイを東へ。
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東海岸までたどり着き、フロリダから北上して、ニューヨーク、そして今度は西へ、

誰も居ないボンネビル・ソルトフラットでエンジンを切ると、恐ろしく静かだった。
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カリフォルニアへ戻ってきて、シャロームという小さな街でジェームズ・ディーンがポルシェで事故死した交差点へいった。

日本にいるときトンチキ野郎が言った。「ジェームズ・ディーンは、早く死んだ(24歳)から、カッコイイねんで!」
「アホか!一生懸命生きたから、カッコイイんやろが!」と、殴り合いになった事を、運命の交差点で思い出す。

サンフランシスコからロスまでは、海岸沿いの1号線、" Cabrillo highway " を走った。
中学生の時に見たバイク雑誌で、ハーレーがココを走ってる写真がとても格好良かったから。
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FLHを日本に送る手配をし、空港に付いた時には、所持金が1ドル16セント。


生きて帰ってこないだろうと両親が思っていたと聞いたのは、帰ってきて何年も経ってからでした。
帰ってきて、ほんま、すいませんでした!?


結局、自由になったのかって?

『廻りの迷惑を考えず自己を主張するのは、ただの馬鹿、

自分自身で責任をとる人間だけが、自由になれる権利がある』

そんな当たり前のことに、10,000マイル以上走ってやっと気付いた19の夏。

by shiun-chop | 2011-10-01 21:51 | Old photo
2011年 09月 14日

“ 第 七 突 堤 “ 

1989年、私 MATTCHANG 18歳 & 学ラン来て卒業式にも行った、82年式ワイドグライド。
まだまだ世間知らずの、ダサ~イお子ちゃまだった頃です。

毎週土曜の夜中は神戸埠頭 “ 第七突堤 “ へ、多いときは20台以上の単車が集まってました。RS(ZⅡのこと)数台にV-MAX数台、Z1300に1100刀、Z1Rに1100GP等々。そしてハーバーハイウェイを走ってまた戻ってくる。朝まで何回も何回も同じ事の繰り返し。
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1円にもならないプライドのために、顔がボッコンボッコンに腫れ上がったりしたのもこの頃・・。

いつも一番年下だったため、ナメられないように年上の新入り?をパシリに使ったりしておりました。
ほんま、すいませんでした。

人の言う事なんて、むぁったく聴かなかったのでしょう、900Ninja先輩が一言、
「いうこときかんでもエエから、ハナシくらい聴けや。」

以来20数年、人の話に耳を傾けるよう努めております。


ご指導いただき、ありがとうございました。






1995年、行き場のない奴らの溜まり場だった “ パラダイス “ 第七突堤は、震災で地図から消えてしまいました。

by shiun-chop | 2011-09-14 00:10 | Old photo
2011年 09月 08日

16の夜

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高校時代の、私 MATTCHANG の愛機 " KAWASAKI Z400FX "
モリワキ手曲げのサウンドに酔いしれ、全開バリバリ、フルスロットル、Uターン禁止の青春ですな。

自由になれた気がした16の夜。






気がしてただけですけど。

by shiun-chop | 2011-09-08 11:17 | Old photo